中小企業経営又は、従業員4〜6人程度の個人経営等は、社長の双肩に全てかかっており、そして、長年社歴を重ねる中で忍び寄る「リスク」は、何も、事業の成否だけでなく、 「経営や未来に対する様々な不安による精神的病」にかかっている可能性があります。もしこれが精神的な病とするならば、敢えて呼ぶなら「社長病」と言う病にかかっている状態です。そして、もしこれが重症化すれば、業績・資金繰りに関わらず、その会社はやがて従業員や取引先、銀行等の金融機関もしくは、家族・身内まで巻き込んだ深刻な破綻の道を辿ってしまう危険性があります。

創業会社の大成功から急転倒産。自ら「社長病」に侵され、奈落の底にまで落ちながら、自力で再生を果たした著者が教える、体験的「社長という病」の克服法と、これからの社長病にかからない、新しい新たな社長としてのあり方・社長像を伝える一冊を紹介します。

社長と言う表向きのイメージは、良いイメージで世間は見ている。

社長もしくは、経営者といった肩書きには、世間一般的にみれば「裕福な暮らし」や「華やかな交友関係」又は、「大きな権力や特権」等、とかく派手で贅沢なイメージだけが付きまとうのは、は仕方の無い面もあるかもしれません。

いつか独立して起業や経営者を志す人は、非常に多いが、その何割かは何をやるかどの様なビジネスをやりたいのか。と言うよりも、これらのイメージに代表される「社長」という肩書きに憧れているところもあるのではないのだろうか?私は思います。

まあ中には社長と名乗り知人に会社の名刺を渡しただけで、皆んなから、ちやほやされたり逆に妬みやっかみ等を受けることも、珍しくありません、

例えば、高級な飲食店で優雅なご馳走を頂き、贅沢三昧、休日は会員制クラブ等でゴルフをしてゆったりと過ごす、そしてマンション等を愛人に買い与え更にその愛人も複数いると豪語する者もいます。

まあ中には、本当に実際にこうした暮らしをしている経営者もいるはずですが、これは、果たして経営者の成功と栄光を示す物なのだろうか?いや自分は違うと思います、むしろ経営者の「心の闇」の表れではないのかと?思わずには入られません。

いつかは自分も起業・独立して経営者になると言う事は、どう言う事なのかと、知っておいたほうがいい場合もあります。社長になるということは心に深い闇を抱える事なんです。

日本の経営者は会社を潰すと全てを失うリスクを背負っている。

例えば、社長という病(WAVE出版刊)

経営者としての「天国と地獄」を味わった人物。一時は年間数十億円を稼ぎ、百人以上の社員を抱えるも、後にその成功は暗転。経営破たんの憂き目を味わった。その暗転の原因を、氏は「社長という病」と表現し、その病を、小さな会社を経営していようが大企業を経営していようがどんな社長でもかかると指摘しています。

日本特有の制度である、個人保証が再起・復活を難しくしている。

社長という病の著者、富樫康明氏は、事業の成功と破たんという、社長が病んでしまう最大の要因、その最たる最大要因は「金が原因である」述べています。

実は日本の殆どの企業は、殆どすべての会社は事業を運営するために銀行から借金をする場合が多い。会社の借金といえば聞こえはいいが、これは本質的には、あくまでも経営者でもある社長の個人的な借金です、しかし日本では、その会社の借入金に対して銀行及びその他金融機関は、会社の代表でもある社長に「個人保証」を求められるからであります。

そして、万が一借り入れ金を返せなくなったら最後、経営者の預貯金はもちろんの事、土地や建物といった資産のすべてが差し押さえられ、文字通り「全てを失う」ことになるからです。そしてこの「個人保証」と言うのは、実は、日本特有の制度であり、これが経営者の再起・復活を難しくしているのであります。

日本は、一度失敗したら再起・やり直しを許さない国

つまり、一度失敗したら最後再起。やり直し等有り得ない、金にまつわる重圧は、一度経営者になったが最後、常に付きまとう物なのである。実はこれには、、一度失敗したら死をもって償えと言う、切腹の文化と恥の文化が失敗を許さない国にしてしまっている。そして極度に、恥をかいてはいけないと言う論語の教え等も日本に根付いてしまっている考えであり、日本人の遺伝子レベルでの価値観だとだと思います。

孤独に憑かれて疑心暗鬼に陥った時、経営者の転落は、はじまっていく。

社長とは「真っ暗闇の中に一人ぼっちで漂っているようなもの」と社長という病の著者 富樫氏が言うように、先述の金の問題にせよ、他の問題にせよ、組織のトップの苦労を分かち合える人間は、組織にも家族にも悩みを打ち明けられる人が誰もいないのである。

経営者が陥る様々な未来に対する不安。従業員や社員あげくに家族・身内すら信じられない心の闇。

「もし売上を確保できなかったら」
「もし仕事の受注がなくなったら」
こうした、まだ見ぬ未来への不安は、ビジネスがうまくいっていようがいまいが続きます。だから、経営者はこの不安と一人で戦うしかないのだ、と一人で勝手に思い込んでいるところにある、ここに経営者の心の闇の本質があります

孤独は、人を追い詰め、やがて孤立に向かっていく。

次第に孤独にからめとられた経営者は物事に消極的になり、あらゆることに否定的になります。自分に対しても否定的にもなり、そして従業員にも否定的になるのです。こうして経営者は自分自身を見失いはじて誰にも助けて貰えない本当の孤立と言う破滅に向かっていくのであります。

自分にとって都合の良い事だけを信じ、自分にとって都合の悪い事は、一切認めず徹底して否定する。

物事に否定的になった人間の行きつく先は決まっている。それは、人間不信であり、「信じられるのは自分だけ、もしくは、頼れるのは自分しかいない」という精神状態に陥るである。

自己中心的で否定的な人の末路。

こうなると自己中心的になるのも当然なのかも知れない。ワンマン経営がべつに悪いわけではないが、不信・特に人間不信に基づいたワンマン経営は、自分にとって都合の良い事だけはは信じ、自分にとって都合の悪い事は否定し認めないと言う心理に陥りやすいのです。そしていつしか周囲の社員や従業員は本当のこと、周りが本当に正しい事を伝えなくなり終いには、従業員の話も聞いてくれない社長に失望し、諦めの境地になってきます、そして、社長もそんな従業員を見て、ますます従業員の事をも信じられなくなり否定し、いつしか、気づかぬ内に「裸の王様」ができあがるのであります。

経営者自身がこの状態になると既に末期で、組織が辿るのは自滅の道しかありません。従業員の心が離れてしまうからなんです。

どんなにお金を稼いでも未来に対する不安は、消えない

稼いでも、稼いでも、不安は消え去らない
ビジネスの先行きへの不安と気持ちを誰とも分かち合える人がいないと言う極限の孤独の状態は、経営者の精神を確実に蝕んでいきます。

これを踏まえると、贅沢な飲食や愛人といった派手な生活スタイルには別の意味があるのかもしれない。こうした良い暮らしや贅沢な事をしている経営者の行動はある意味「現実逃避に近い」と思います。

自分の肩に家族や従業員の生活がのしかかる壮絶な重圧は、実際に社長を経験した人間にしかわかりません。それでも将来起業したり経営者を目指したいと言うならば、どん底を味わった末に再起を果たした著者による「社長という病」書かれている克服法は大きな学びとなるはず。そして、今まさにあなたが社長という病にかかっているのなら、本書は格好の処方箋に事と思います。